もみじとかえで 


「もみじ」は、秋の冷え込みと、陽光を浴びて山々の木々が鮮やかに真紅で彩どられ、夕日に照らされて山郷を赤く染め、新鮮な色合いが「もみいず」と、言い表してることに由来するとか、別名では鶏冠木と言う面白い呼び名もありますが、赤い葉を鶏の鶏冠として名付けたものでしょう。

万葉人の歌人達は、万葉集で「もみじ」をどのように詠ってるのでしょうか。
紅葉期には、自然の木のもみじすることが多い名勝の地を、大和は飛鳥の神奈備、三輪、南淵山、初瀬、春日、三笠、高円の山々、生駒、竜田や二上、葛城でもみじが、黄色に、紅色に、橙色に目の覚めるような美観で、「散る」「散るを惜しむ」「時雨に散る」「色ずく」「もみじ初む」「手折る」「衣を染めぬ」などの表情で詠ています。

「大阪を わが超えくれば 二上に 黄葉流る 時雨降りつつ」 「南雲に 雁ぞ鳴くなる 高円の 萩の下葉は もみじ敢へむかも」  
などは、木々の下草まで紅葉する「草もみじ」の美観を詠んでいます。

「やすみしし わが大君の 夕去れば 見し給ふらし 明けくれば 問い給ふらし  神岳の山の黄葉を 問い給はし 明日もかも 身し給はし その山を ふりさけみつつ 夕されば あやに悲しみ 明けくれば うらさび暮らし 荒袴の 衣の袖は 乾る時もなし」  持統天皇
「秋されば 春日野山の 黄葉見る 寧楽(奈良)の都の 荒るらん惜しむ」 大原真人今城
「大君の 三笠の山の 黄葉に 今日の時雨に 散過ぎなむ」  大伴家持
と、もみじを黄葉と詠んでいる事から、万葉の歌人は、紅葉より山肌が黄金色に輝く黄葉を好んで詠っているようです。

諸々の木が紅葉、黄葉する中で、特に鮮明な色彩を醸しだすのが「かえで」です。このため、かえでがもみじの代表格とされ園芸店では、もみじとかえでを苦慮、混乱しながら区別分けしています。

カエデ類の仲間で、葉の形が蛙の掌に似ていることから「かえで」と呼ばれ「楓」の字が使われているのは、台湾産のマンサクで類で楓ではないようです。かえでは落葉喬木で樹高5〜10m細く長い枝を多数発生し、葉は掌状で3〜4裂葉で対応し、秋冷とともに紅色に燃えるような樹木をかえでと呼んでいるようです。


唯称庵のかえで
  安芸高田市 2
 甲田町 3



三滝観音寺
 参堂のもみじ 2



安芸の宮島

廿日市市 2

もみじ谷 3